はじめまして、Notos店長の島崎です。

はじめまして。「Notos/ノトス」店主の島崎です。
少し長くなりますが、自己紹介をさせてください。

高知から広島へ

私は1979年生まれの46歳で、妻と小学生の長女/長男と4人で暮らしています。20歳を過ぎた頃に地元・高知でサーフィンにハマったのがアウトドアの始まりで、20代は仕事もそこそこに波乗りとBBQばかりしていました。

そんな中、広島での大学時代に後輩だった妻とサークルの同窓会で再会。遠距離交際を経て結婚を意識し、高知に嫁いでもらおうと義父に挨拶に行きましたが、見事に返り討ちに(笑)。

今まで見たことの無いほどの険しい表情で「30年間何をして生きてきたんだ、お前なんかに娘はやれん」と一蹴されたことを今でも鮮明に覚えています。

それでも諦めずに通い続けるうちに、紳士服店を経営する義父その人にも興味が湧き、最後は「自分が広島へ移住するから修行させてほしい」と頭を下げることに。紆余曲折を経て義父の元で修業することに決まり、広島へ移り住みました。

義父の店は全国にファンを持つ高級紳士服の名店で、スーツからカジュアルまでヨーロッパの一流ブランドが揃うセレクトショップ。元々ファッションは好きでしたが、最初の頃は商品レベルの高さやそれを選ぶ顧客に圧倒されっぱなしでした。

仕事一筋の義父の厳しい指導の元、30歳過ぎまで気ままに生きてきた自分の意識を根底から塗り替えるのは大変でしたが、必死に喰らいついて何とか仕事を覚えていくうちに、少しづつ常連さん達にも可愛がってもらえるようになりました。

やがて商品買い付けに同行させてもらえるようになり、英語も話せぬまま単独で渡欧した海外買付け出張を含め、約13年間徹底的に鍛えられました。

山と再会するまで

広島に来る少し前、20代後半頃に岐阜や長野に長期出張していた時期がありました。測量の仕事(土石流の調査)で中央アルプス辺りの山域に入り、谷を源頭まで詰め、また別の谷を下る──そんな日々を過ごしていました。

小さな滝をどう超えるか試行錯誤したり、熊や猪、鹿や猿などの野生動物に遭遇したり、 慣れない雪に悪戦苦闘したり…。当時はまだ山には興味がなかったのですが、振り返るとその時の経験が自分にとっての“山の原体験”になっています。

広島に移住してからしばらくはひたすらに働いていましたが、いつしか自然で遊びたい気持ちが蘇り、手軽なソロキャンプから始めますがすぐに飽き、なんとなく裏山に登ってはコーヒーを淹れたり山メシを作ったりと、次第に山での遊びが日常になり近場の色々な山へ登るようになりました。

ULとの出会い

山登りを楽しむ中で出会ったのが「ウルトラライトハイキング」というスタイルでした。
長距離を快適に過ごすために装備を軽量化するハイキングの手法ですが、一部の好事家たちはすべての道具の重量を測り、1グラムでも軽くするために創意工夫を凝らし、時には自作までする…そんな“軽量化の沼”に自分もすっかりハマっていきました。しばらく没頭した後に我に返って“現実的な軽量化”へと落ち着き、さらに“軽さの先にある余白”へと興味が移っていきましたが、今もなお道具のことを考える時間は、何よりも楽しいひとときです。

山との付き合い方

週一休みで家庭もあり、遠出できる時間は限られている中で広島近郊の低山を中心に、時には伯耆大山や四国の山へ通いました。

ちなみにそんなヤツが店をやるのかと怒られそうですが、未だ仕事以外で日本アルプスの山域には入ったことがありません。

無駄に体力があったので単独行でのバリルート山行に挑んだ時期もありましたが、素人の無謀なチャレンジゆえ危ない目に何度か会い、ここらで辞めとかないと家族をはじめ色んな人に迷惑を掛けると自重してからは、もっぱらゆるふわハイキングを中心に近場で楽しんでいます。

そうして「近場でどう遊ぶか」を探求していくうち、ハンモック、沢登り、渓流釣り、雪山、雪板遊びとバリエーションも増えました。最近は裏山でのトレイルランニングや日々のランニングにまで手を拡げ、広島という環境の中で自分なりにしっかり遊んでいます。

ロングトレイルやスルーハイクのような壮大な旅にはまだ出たことがなく、アルプス縦走の経験もありません。けれど広島近郊の低山は、街からすぐアクセスできて日常の延長線上で遊べるのが大きな魅力です。数時間あれば登って下りて、家に帰って夕飯を囲める。そんな“気軽さ”こそが自分にとってのアウトドアの原点であり、広島で暮らすからこそ楽しめるスタイルだと思っています。

登山を初めて1年後位に行った初雪山、初ナイトハイク、初ご来光と初めて尽くしの元旦石鎚山。
正月帰省中、ふと思い立っての初心者単独行でドキドキでしたがとても楽しかった思い出。

ノトスを開くまで

義父の店で働きつつ山を楽しむ中で、「いつか自分の店を持ちたい」と思う様になり、義父に独立の相談をしたのが3年前。すぐには叶いませんでしたが、50歳が近づき「もう後がない」と覚悟を決めて再度直談判し、念願叶ってこのたびようやくノトスをオープンできることになりました。

3年前に独立を決めた時から物件を探し始め、自宅の裏山であり広島駅からもすぐに登れる市民憩いの山「牛田山」の麓に、約20坪で駐車場3台付きという物件が。

見た瞬間にピンときて、独立が決まるまでの約2年間「売れ残れ〜笑」と祈り続けた甲斐があり、オープンの半年前から仮契約出来ることに。幹線道路沿いながら一段下がった場所で車の往来は気にならず、静かで風通しの良いとても素敵な場所です。

牛田山を縦走した後のハイカーやランナーに立ち寄ってもらいたいと店内にはシャワールームを設置。営業時間中なら荷物の預かりも承りますのでランステーション代わりにお使い頂ければと思います。

ノトスのスタッフ

店は妻が子育ての合間に手伝ってくれます。

山に関することはまだ勉強中ですが、人当たりの良さで皆さんと楽しくお話できるはず。それでも独身時代は一人で屋久島や富士山に登ったりと色々旅をしていたようで、サーフィンしか知らなかった自分に山を勧めてくれたのも、今回の独立を勧めてくれたのも妻なんですが、思い返せば出会ってからずっと妻の手のひらの上で楽しく踊らされているような気がします(笑)

また、ヨガインストラクター等の資格を持っているので、ハイカーやランナーに向けたワークショップを開催出来ればとも考えています。

そしてHPやWeb関連は、プログラマー/Webデザイナーの友人(トレイルネーム:漱石)が制作してくれています。
彼は私のトレイルネーム「ランボー」の名付け親であり、山行を共にするバディでもあります。

これまで一緒に何度も山に入り、時にはヒヤッとするような体験もしながら、感動を分かち合ってきました。テン泊では夜更けまでギア談義に花を咲かせ、「いつか山に関わる仕事ができたらいいね」と語り合ってきた仲です。

猪突猛進な私とは対照的に、インテリで思慮深くいつも一歩引いた視点で俯瞰したアドバイスをくれる頼りになる存在です。

ノトスが目指す場所

「City Life, Mountain Soul.」

広島は低山が多いけれど、街と山がとても近く、少し足を伸ばすだけでしっかり遊べるフィールドがたくさんあります。そんな環境で楽しめる山道具や、街にも山にもなじむファッションを紹介しながら、牛田山の麓で皆さんの憩いの場になれたらと思っています。

…ついつい長くなってしまいましたが、こんな人間がのんびり運営している「Notos」を、皆さまどうぞよろしくお願いいたします。

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